やり尽くしたとしても。

担当していた方が先日お亡くなりになった。

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人はいつか死ぬ。

わかっていても涙が流れてしまうのは何故だろう。

 

一緒に過ごせた2週間、本当に幸せでした。

 

人の笑顔やあたたかい気持ちを集める天才。

亡くなってからもそう感じるほど、

花のように大きく強く優しい方だった。

 

 

 

最初に緩和ケアリハビリのお話をいただいたとき

逃げ出したい気持ちと

残された時間、精一杯支えたい気持ちといっぺんに来た。

 

母親と同世代。そして乳がん最期を大好きな自宅で。

 

初回訪問でお顔を合わさせていただいた時、

胸がきゅーっとなる。

でも、この方達には絶対に後悔してほしくない、

そう思うご家族だった。

ご自宅の中は笑顔や笑い声が絶えなかった。

初めての介護で慣れないことも多いなか

「本人が望むことは全部してあげたい」とご家族。

その方がご自宅に戻られたことを

とても喜んでいらっしゃった。

 

 その夜、目を閉じた時

「私にできなかったことをあの人にしてあげて」

と母が言っているような気がした。

 

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10年前に自宅で母を看取りました。

乳がんが発覚、治療も虚しく

骨転移・肺転移、最期は自宅を選択。

入院中は中学校が終わって、

家に帰り家族の夕飯の準備をして、母のお見舞いに行く。

それが日課でした。

ただ自宅に戻ってきてから亡くなる2週間は

自ら一緒に過ごさない選択をしました。

その頃の私は弱っていく母を見たくなくて。

怖くて怖くて仕方なくて。

母は死の恐怖と闘っていたのに、

私は目を背けてしまいました。

あの2週間、一緒に居られたらー

その後悔はこれからもきっと消えない。

 

自分のプライベートは

関わらせていただく利用者の方には関係ない。

でも、私の経験があったからこそ

ご本人とご家族には後悔しないで欲しかった。

 

死への恐怖は必ずある。ご本人もご家族も。

それ以上に生という時間に思いっきり泣いたり笑ったり、

共に同じ時間を過ごして欲しかった。

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2回目の訪問。

けいれん発作のリスクがありながらも

バイタルや最低限の評価をして車椅子に乗って外に出る。

ご本人とご家族が希望していたこと。

 

手入れをしていた畑を数ヶ月ぶりに見ながら

太陽を眩しそうに感じながら微笑んでいるご本人。

車椅子を押していく旦那様。

後ろからゆっくり優しく支えるようについていくご家族。

持って行ったカメラでこちらからお願いしていた

家族写真を撮らせていただく。

 「よかった、畑を見たがってたんですよ、母。」

娘様が笑顔で教えてくれる。

 

3回目の訪問。

「トイレで用を済ませたい」

ご本人の希望。ご家族も全力で答えていた。

乳がん手術後ということ、

転移の影響もあり腋窩介助では痛みが伴う。

下肢は力が入らない状態。

ご本人に合わせた介助方法の提案をさせていただいた時、

「これなら痛くないし辛くない。けど、大変じゃない?

お母さん、もうトイレ座らなくてもいいよ」

とまず家族のことを気遣うご本人。

「めぐちゃんに教わった方法なら大丈夫!

私たちも全然辛くないからわがまま言っていいんだよ」

ご本人を思いやるご家族。

 

少しでもこんな時間が続いて欲しかった。

 

 

 

週末にけいれんが起きてしまい、

ご本人の状態は一気に落ちた。

モルヒネという緩和ケアに使用する鎮痛剤が

入るようになった。

すると数ヶ月ぶりに10時間睡眠がとれ

「あぁ、眠れたわ」

というご本人の言葉にご家族も少し安堵した様子だった。

 

しかし、徐々に意識レベルは低下し

言葉が出なくなり

苦しい表情をしながら声をあげる。

痛いのか怖いのか不安なのか嫌な夢を見たのか

わかってあげられないのがとてももどかしい。

 

 

娘様に同じような患者さんを担当しているか聞かれた時

母を自宅で看取っていることを漏らしてしまった。

こんな時に伝えてしまって申し訳ない気持ちだった。

 

でも、だからこそ同じように後悔して欲しくないから

残りの時間をご自宅、と選んだからこそできる

ご本人がしたいことを実現させたかったし、

思い出として写真も残したかったんです。

と伝えさせてもらった。

 

ケアマネージャー、Dr.、看護師、リハビリスタッフ

私達がついているから、

残された時間、後悔しないように過ごして欲しいと。

 

 

 

それから3日後、ご家族に見守られながら

その方は息を引き取られました。

 

長女様がご自宅に到着されてから

5分後に呼吸が止まったとのこと。

きっと長女様のことを待っていたのだなと感じる。

 

 

訪問の合間を縫ってご自宅へ。

本当に不思議なことに

亡くなる数日までの苦痛そうな表情とは一変、

えくぼができ、まるで微笑んでいるようだった。

 

最期の夜は娘様もお孫様も体調不良等で看病できず

旦那様と2人きりの夜を過ごしたとのことだった。

「私のこと頭痛にさせたのお母さんだよね。

中途半端じゃ起きて来ちゃうからってひどいやつを。

最後はお父さんと2人が良かったんだね」

と次女様が微笑む。

 

亡くなる直前まで、ご家族のことを思いやる彼女は

最期まで彼女らしかった。

旦那さんと最後の夜を過ごしたかったのは、

意識が朦朧とする中でも

彼女が最後に望んだことなら叶って良かった。

 

 

「外に出られたこと、写真撮ってくれたこと

本当に嬉しかった。一生の記念。

めぐちゃんのことは一生忘れない。」

娘様が言ってくださった言葉。

 

エゴかなって思ってた。

初めて会って、写真を撮らせてくださいなんて

押し付けだし申し訳なかった。

残りの時間が少ないっていうの!?と捉えられるし、

失礼きわまりなかったと思います。

 

でも私が家族で撮った最後の写真に救われているように

1年後、5年後、10年後でもいいから、あの日撮った写真が

今後のご家族の支えになって欲しい。

 

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いつも何かあると、この写真を見る。

家族6人で撮った最後の写真。

 

 

どんなに後悔しないように

やりたいことを一緒にやったとしても

残された人たちへの悲しみはやってくる。

 

それもすぐじゃない。

 

笑っていないと亡くなった方に

申し訳ないよという人もいる。

 

そんなことないんです。

 

悲しいときは悲しいって泣いてください。

 

寂しいときは寂しいって言ってください。

 

我慢しないでください。

 

どれだけ泣いても

悲しみはすぐには消えません。

虚しくなります。心にぽっかり穴があきます。

 

でも

悲しみをなかったことにしないでください

 

強がらないで

 

人は死が怖いんじゃなくて

みんなが悲しんでいるのが嫌なんじゃなくて

忘れ去られていくことが本当に怖いこと

 

だから

 

忘れてないから悲しくて泣くし

忘れてないから一緒にいたことを思い出せる

忘れてないからこんなこともあったと笑える

 

悲しくなって泣いて

あんなことあったねーって笑って

その繰り返しでいいと思います。

 

 

私はご本人のサポートが終えたから

役目を終わりにしようとは思っていない。

グリーフケア、遺された遺族の心のケア

可能であれば、関わっていきたいと思っています。

悲しいことを悲しいといえたら

もっと楽だったと今になって思うから

苦しい時期は必ずあるんだけど

心も体も一人ぼっちにならないように

何か力になれたら、と思います。

 

自分のプライベートは
関わらせていただく利用者の方には関係ない。

そう序盤で書いたけど

経験したからこそ、寄り添えること

一人一人が違うし思い出も違うけど

私にしかできないこと、あるって思った。

 

 

 

たくさんの学びをありがとうございました。

私がお母さんにできなかったこと、

果たさせてくれてありがとうございました。

これからご家族だけでなく私の心の中でも生き続けます。